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正法眼蔵 心不可得・前 4

道元禅師の注釈は続きます。

徳山禅師はある時、釈尊以来代々の祖師方によって受け継がれてきたところの最高の教えがあると聞き、「金剛経」について自分以上の注釈をした人がいるはずがないと腹を立てた。 怒りを抑える事が出来ず経典や注釈書をたずさえて山川をわたって旅して行った。

そしてたまたま竜澤と言う場所における崇信禅師の仏教教団の事を知り、その教団に行って勉強しようと思いそこに向かった。 その旅の途中で疲れて一休みしていた。その時一人りの老婆が来合わせて同じように一休みした。

老婆に徳山禅師言う:お前さんは、どういう人かね。

老婆言う:自分は、餅売りの老婆です。

徳山禅師言うそれじゃ、わしは餅を食べたいから売ってくれないか。

老婆言う:和尚さんは餅を買って、いったい何にしなさるのです。

徳山禅師言う:餅を買ってそれを食べて、心の疲れを癒そうと思う。

老婆言う:和尚さん、あなたは大きな荷物を持っておられるようだけれども、それは一体何ですか。

徳山禅師言う:お前は知らないのか。わしは周と言う名の金剛経に関する権威で、これは金剛経の注釈書である。

老婆言う:和尚にこの老婆が一つ質問があるのですが、許していただけるでしょうか。

徳山禅師言う:よし、質問を許してやろう。お前はどんな事でも構わんから遠慮なく質問せよ。

老婆言う:自分はかつて金剛経の説法を聞いたが、その中で言うには過去心不可得・現在心不可得・未来心不可得と聞いていますが、その過去も現在も未来も捉まえる事の出来ない心のどれを持って来て、和尚は餅を食べぼんやりした心を直されようとするのか。

そんな心というものはどこにもない筈ではございませんか。和尚がこの質問に答えられるなら餅を売ってあげましょう。 しかし気のきいた返事がないようでしたら餅を売るわけにはまいりません。

徳山禅師:・・・・・

徳山禅師(周金剛王)は呆然としてしまって、何と答えていいのかさっぱりわからなかった。そこで老婆は袖を払ってそのまま立ち去ってしまった。とうとう餅を徳山禅師に売らなかった。



              ー西嶋先生の話ー
    ーーつづき

苦・集・滅・道という四つの考え方を釈尊はお説きになった。この考え方は非常に単純な考え方でありますけれども、人類が持っている悩みの解決には絶対の意味を持っているという事が言えようかと思います。

社会生活の中でも名誉だけを気にして、人の評判だけを基準にして生きておるという人もあるわけでありますが、そういう人の生き方が本当の生き方かと言うとこれは中々疑問がある。

それから恥も外聞もなしに金さえ儲かればいいという考え方の生き方が本当の人間の生き方かと言うと、これも大いに疑問があるわけで、釈尊はその中間に本当の生き方があるのだから、その中間の生き方を坐禅という修行法によって体で掴むむ事が大事だ言われたという事が言えようかと思うわけです。

この考え方は非常に簡単な考え方ではありますけれども、仏教という思想を理解する上に置いては絶対に必要だと感ずるわけでありまして、この教えをどういう形で人様に理解していただいたらいいかというのが我々がやっている事であり、今後も努力していく目標という事になろうかと思うわけです。

※雑記
今日は敬老の日。我家の東隣は80才の女性が一人暮らし、今朝彼女と立ち話をした。「一人で頑張りますね」と言うと、彼女が「うちの東隣の○○さんは88才になるけど一人で自分の事をやっている。手本にする人がいるから心強い」と言う。

そして我家の西隣は93才と83才の姉妹がやはり元気に二人で暮らしている。改めて町内を見回すと年をとっても元気な人が多い。昨日は認知症になった人や施設に入った人の話を知人や娘さんから聞いたばかりなのに・・・。人生色々ですね。


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「正法眼蔵」は仏道を勉強する上において「なぜ坐禅をやらなければならないか」という事を事細かに疑問の余地のない形で詳細を述べておられる。だから「正法眼蔵」を読んで仏道の理論的な側面を勉強しながら自分自身で坐禅をやるならば、仏道修行においては欠けているところはない。―愚道和夫老師―

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
70代女性。自営業。自宅で毎日朝晩坐禅をして、愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」を毎日ブログで紹介しています。愚道和夫老師より平成13年「授戒」平成20年「嗣書」    

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