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正法眼蔵 法華転法華 37

「心悟れば法華を転ず」について道元禅師の注釈は続きます。

釈尊の教団において釈尊に危害を加えようとした菩提達多と言う人の行動も宇宙の生き生きとした一つの活動である。釈尊が法華(素晴らしい宇宙)を説かれようとした時に「自分達はもう悟っているから結構です」と言って退席して行った人々がいたと伝えられているけれども、

そういう生き方でこの宇宙における活躍を示した例もある。手を合わせて真実を待望してじっと待つと言う現れ方もあるけれども、それがどの位の時間というような時間を限定して考えてはならない。仮に無限の何倍かであると言って見ても、これによって釈尊の智慧の広大さを推測する事は不可能である。

この転法華(自分自身が積極的に宇宙を動かしていく)というものは、特に真実を追求する人だけが実践した道だと考えてはならない。この世の中のありとあらゆる人々、ありとあらゆるもののそれぞれに備わった道だと考えなければならない。



          ー西嶋先生にある人が質問したー

質問
子育てが一応終わって、今まで自分は子育てを一所懸命やってきたけれども、振り返ってみると空しい感じになっています。そういう人たちが仏道を求めたきた場合にどの様なお話をしてあげればいいのでしょうか。
      
先生
話では空しさは解消しないね。どんないい話を聞いたって空しさは解消しないよ。やっぱり坐禅をやる事しかないね。いや、これは本当に私はそう思う。まさに我田引水だけどね。私は腹の底からそう思う。と言うのは、話で知識を注ぎこんでも決して空しさは無くなるもんではないんです。

だからよく仏教講話というのが行われていろんな会がありますけれどね、私は人生に対するプラスというのは殆んどないのではないかと思います。 迷いを増すばかりだと思います。やっぱり、坐禅と抱き合わせでなければとうてい意味がないもんだと思います。

子供を育てる事を終わられた方も何によって生甲斐を感じるか、それは坐禅です。足を組み、手を組み、背骨を伸ばして、ジ-ッとしている。理屈ではなしに 、何となく「何で自分が子供を育てた事に意味があるか」と言う事を体全体で感じる事です。その方がいいんじゃないかと思います。その方が本当の意味の解決になると思います。

※雑記
大阪にあるお寺の41才の住職が「自分は悟ったので法話講演受付中です」とSNSで毎日ポストしています。いろいろなお坊さんがいますね。


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「正法眼蔵」は仏道を勉強する上において「なぜ坐禅をやらなければならないか」という事を事細かに疑問の余地のない形で詳細を述べておられる。だから「正法眼蔵」を読んで仏道の理論的な側面を勉強しながら自分自身で坐禅をやるならば、仏道修行においては欠けているところはない。―愚道和夫老師―

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
70代女性。自営業。自宅で毎日朝晩坐禅をしています。愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」を毎日ブログで紹介しています。愚道和夫老師より平成13年「授戒」平成20年「嗣書」    

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