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正法眼蔵 法華転法華 1

「法華転法華」の巻、本文に入る前に西嶋先生の話です。

表題の「法華転法華」と言う意味でありますが、法華が法華を転ずるということで有名な経典に「妙法蓮華経」と言う経典がある事は皆さんご承知の通り。「妙法蓮華経」というのは経典の中でも非常に内容の優れた教えという事で、道元禅師なども「正法眼蔵」の中で経典の中の王だと言われているほどの経典であります。

妙法と言うのはどういう意味かといいますと、妙というのは素晴らしいという意味、それから法というのはこの我々が住んでいる宇宙。だから我々の住んでいるこの素晴らしい宇宙と言うものが、ちょうど蓮の花のように美しくまた素晴らしい存在であるという事を述べた経典が「妙法蓮華経」と言う経典と理解できるわけです。

インドという国は非常に暑い国でありますから水が貴重でもあるし、また人の住む環境として水は貴重であったわけで、その水の中に咲いておる蓮の花が非常に美しいという点でも尊重されたところから、そういう蓮の花に譬えることの出来る様なこの我々の住んでいる世界というものを説いた経典が「妙法蓮華経」という経典になるわけであります。

したがって法華転法華というのはその我々の住んでいる素晴らしい宇宙というものが、宇宙それ自体を回転させておるという意味であって、その事はどういう事かというと、我々の住んでいる世界というものは誰が動かしているかは知らないけれども、とにかくそれが時々刻々と変化し回転しておる。
                                  つづく--



          ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
ここに不幸な人がおりまして、それを慰めてあげる場合はどういうことで・・・。

先生
いま不幸であったとしてもその不幸はいつまでも続かない。それはどういう事かというと、我々の生きている世界は瞬間の世界だから。「今あなたは自分の方向をどっちにでも向ける事が出来ますよ。幸福の方にも不幸な方にも向ける事が出来ます。あなた次第です。

それで今の不幸が永遠に続くものだと思い込む必要はありませんよ。諸行無常で我々の人生というのはいつでもクルクル変わってるんだから、辛抱していればすぐ変わりますよ」という事が真実だということにならざるを得ない。

質問
世の中には本当に可哀想な人がいる。

先生
それはいます。世の中の不幸というのは無限ですよね。

質問
それをどう慰めてやったらいいか、救ってやったらいいか・・・。

先生
慰めはないね。自分で立ち上がるしかないんです。はたから「気の毒だ、気の毒だ」って言われたところで、幸福にはなりませんよ。だからそういう場合には、やっぱり本人が「よし、これじゃいかん」と思って立ち直らなきゃ、やっぱりいいとこへ行かんですわな。

※雑記
朝の坐禅は気持ちいい。今朝の坐禅も気持ち良かった。もう少し坐っていたいと思いながら終わりにする。坐禅が終わり軽いストレッチをして一日が始まる。


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「正法眼蔵」は仏道を勉強する上において「なぜ坐禅をやらなければならないか」という事を事細かに疑問の余地のない形で詳細を述べておられる。だから「正法眼蔵」を読んで仏道の理論的な側面を勉強しながら自分自身で坐禅をやるならば、仏道修行においては欠けているところはない。―愚道和夫老師―

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
70代女性。自営業。自宅で毎日朝晩坐禅をして、愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」を毎日ブログで紹介しています。愚道和夫老師より平成13年「授戒」平成20年「嗣書」    

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