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正法眼蔵 弁道話 38

弁道話の巻、十八問答は続きます。

質問―17
インドや中国の古今の様々な話を聞いてみるに、中国の香厳智閑禅師は竹の音を聞いて仏道がわかった。霊雲志勤禅師は花の咲き乱れている情景を見て釈尊の教えが何であるかに気がついた。

まして釈尊はある朝、坐禅をしていて明けの明星が西の空に輝いていたのをふと目にされた時に、自分自身も自分を乗せている大地も、またその大地に生きている草や木も、鳥も、獣も一切が真実を得た。一切が仏になった。つまりこの世界がいかに素晴らしいかと言う事に気がついた。

阿難尊者は寺院標式の竿が倒れた瞬間に釈尊の教えの何であるかという事に気がついた。六祖大鑑慧能禅師以後、臨済・潙仰・曹洞・雲門・法眼の五宗の間では、ほんの僅かな言葉を聞いた瞬間に釈尊の教えの何たるかを悟ったという例が多いけれども、これらの人々の全部が全部、坐禅の修行をして仏道を明らかにした人々ばかりでしょうか。

道元禅師答える
昔から今日に至るまで物質的な外界の世界を見る事によって仏道とは何かという事をはっきり掴んだ例や、様々な外界の音を聞いて釈尊の教えを理解した人も沢山いるけれども、そういう人々に共通して言える事は、釈尊の教えを求める事において頭の中で色々と考えていなかったし、もう一人の自分と言うものが現在の瞬間においていないという事を知らなければならない。
     


          ―西嶋先生にある人が質問した―

--つづき
日本の国が戦争を始めたのも、国内問題がうまくけりがつかないというところから戦争が起こっているんだし、アメリカにしても、イギリスにしても、日本をなぜいじめたかと言うと、それぞれの国内事情があって、他の国をいじめることによって、自分の国の内部をうまく治めるというふうな、各国の利害関係が衝突して戦争と言うものが起きている。

そうすると、戦争というものが単に抽象的に国家と国家が争うということだけではなしに、国内がうまく治まるということ、個人個人の生活がうまく流れていくということ、そういう日常生活のきわめて具体的な問題が第三番目の問題として必ず出てくる。平和問題と言うのは単に国と国とが戦争しないということだけじゃなくて、各国の社会情勢がうまくいっているかないかという事とかなり関係がある。

国内の個別問題、階級的にあまり貧富の差が酷くなりすぎると、国内の不満と言うのはどうしても出てくる。そうすると、金持ちもほどほどに自分の財産と言うものについての管理をしなきゃならんし、なるべく貧富の差と言うものが平均化されて、誰でもが楽しんで生活できるという形も各国がそれぞれ研究していかなきゃならん。

だから戦争を防ぐということのためには、失業問題の解決がかなり大事な問題。あるいは物価を抑制してインフレを防ぐということもかなり大切な問題。インフレが進むと国民生活が苦しくなるから、その国民生活の苦しくなったはけ口を戦争に求めると言う様な事は過去の例ではいくらでもあるわけです。

そうすると戦争が起きる起きないと言う様な事も、かなり具体的な個々人の実情と密接な関係がある。そういう点で具体的に問題を解決する必要があるというのが第三番目の段階(滅諦)。

そして第四番目の段階(道諦)が、アメリカにはアメリカの原理がありソ連にはソ連の原理がある。両方の原理が食い違っておるから「俺の方が正しい」「俺の方が正しい」という事でお互いに譲り合わない。そうすると、どっかで「じゃ、力で決めましょう」という事になる。

それは暴力団と同じで「どこどこに集まってやろうじゃないか」と言う事になるわけです。最近では中学生とか高校生もそういう事をやるらしい。問題の解決、意見の食い違いの解決の一番手っ取り早い、従来行われてきた解決方法と言うのは暴力による解決。戦争と言うのもそれの規模の大きいものに過ぎない。

戦争が起きるという事の一つの大きな原因はものの考え方の食い違い。だから今日アメリカが持っている考え方とソ連が持っている考え方と両方を包み込んで、両方に納得させるような考え方があれば、戦争を防ぐという非常に大きな原因になると思う。

人類も非常に智恵が発達してきたんだから、この辺でお互いに共通の正しい考え方と言うものを発見して「なるほどこういう考え方でいけば無理に戦争しなくても済みますなあ」と言う思想を身につければ、そのことが戦争を防ぐということの非常に大きな原因になろうかと思う。

第四番目の段階としては、共通の原理を発見するということ。アメリカとソ連が共通に信じ得るところの原理を発見するということ、これも大切なことだと思う。それが第四番目の段階(道諦)

最初からもう一度言うと第一番目の段階(苦諦として平和ということが望ましいということを腹の底から感じるという事。ただそう考えているだけでは問題の解決にならない。だから今日各国が軍備がどの程度進んで、現実がどうなっておるかということの勉強、これも大切な事。

武器がどの程度進んで、もし仮に戦争があれば人類の滅亡につながると言う危険性をはらんでおるという事もよく知る必要がある。それが第二番目の段階(集諦)それから第三番目の段階(滅諦)では、戦争と言うのは個々人の日常生活をどう送るかという事と非常に密接な関係がある。国の政治がどう行われるか、国の経済がどう行われるか、という事と密接な関係がある。

だからそういう点では、国家内の秩序がうまく保てるという事、これも非常に大切な事。四番目の段階(道諦)としては、世界の誰もが信じることの出来る共通の原理を人類が発見するということ、これも大切な事だと思う。

そういうふうな四段階のそれぞれを進めていく事によって、平和と言うものが確保できるかどうかというのが、これからの人類の抱えておる課題。私はそう楽観的に戦争と言うものは防ぎ得るというふうに今確信は持てない。非常に難しい問題、ただそれと同時にいま言ったような四つの段階のそれぞれがうまくいけば、あるいは防げるかもしれないという儚い夢はあるわけだ。

その儚い夢に向かって我々が努力するというのが現在の段階で、一回戦、二回戦があったんだから、三回戦もあるかもしれないという恐れは多分にある、世界の流れを見ていけば。

過去の事はそれぞれの見解があると思うけれども、今後どうしなきゃならんかという事になると、単純に「平和だ、平和だ」と言う様な事を声を大にして怒鳴っているだけでは問題の解決にはならんという事は非常にはっきり言えるのではないか、と言う気がするわけです。多少生臭い方にいきましたけれども、私はそういうふうに問題を考えております。
               
        ―44年前の1978年(昭和53年)7月20日の講義より―

※雑記
市の健康診断の結果が来た。行きつけの医院に行ったら精密検査のできる病院に紹介状を書くので明日行ってくださいとのこと。仕事もありますが自分の体の事を優先します。


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「正法眼蔵」は仏道を勉強する上において「なぜ坐禅をやらなければならないか」という事を事細かに疑問の余地のない形で詳細を述べておられる。だから「正法眼蔵」を読んで仏道の理論的な側面を勉強しながら自分自身で坐禅をやるならば、仏道修行においては欠けているところはない。―愚道和夫老師―

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
70代女性。自営業。自宅で毎日朝晩坐禅をして、愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」を毎日ブログで紹介しています。愚道和夫老師より平成13年「授戒」平成20年「嗣書」    

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