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カテゴリ:85・三時業のエントリー一覧

  • 正法眼蔵 三時業 19

    釈尊が言われた。たとえ百劫と言う様なほとんど永遠に近いほどの長時間を経ても人間がやった行いの結果というものはなくなる事がなく、その直接・間接の原因が寄り集まった際には、その直接・間接の原因の結果というものは必ず自分自身で受け取るものである。お前方はまさに承知しておらなければならない。完全に悪い行いであるならば、完全に悪いその行いの結果というものを得るしもしやった行いが完全に善い行いであるならば、完...

  • 正法眼蔵 三時業 18

    長沙景岑禅師と皓月供奉の問答について道元禅師が注釈されます。長沙禅師の答えは仏道の立場からみた答えにはなっていない。前に掲げた説話の中で因果の理法について、鳩摩羅尊者が闍夜尊者に説示したような基礎理論が見当たらない。銘記せよ。長沙禅師は人間の行いに伴って、その報いがあるという基本的な理論がわかっていない。釈尊の弟子たるものは坐禅の修行をして体験をし釈尊の説かれた真実とは何かという事を勉強していくに...

  • 正法眼蔵 三時業 17

    皓月という供奉(宮中の仏道修行の道場を管理する僧侶)が長沙禅師に質問した。過去の仏道の先輩が言うには、釈尊の教えを理解し尽くすならば、過去の行為が原因で生まれた障害というものは元来なきに等しいものであるが、まだ理解が不十分の間は過去の行為の償いをする必要があると。しかし師子菩提尊者や太祖慧可大師とかはどうして自分の過去に行われた行動の結果というものを償いきってしまったような形で、過去の行為の影響から...

  • 正法眼蔵 三時業 16

    悪行を行った場合の例について道元禅師が注釈されます。この人は生きている間、常に悪行を行い善行はたった一回と言えども実践していなかったばかりでなく、命がいよいよ終わろうとした時に、生と死の中間において天上世界が現れてきたのを見て、原因があってから非常に長い時間がたってから結果が現れてくるという事情を知らず、自分は一生涯の間悪行を行ってきたけれども天上世界に生れようとしていると考えた。「わかった、釈尊...

  • 正法眼蔵 三時業 15

    「順後次受行」に関し悪行を行った場合の例を「大毘婆沙論」より引用して述べます。悪い行いをした人はいよいよ命が終わろうとした際に、遠い昔自分も気づかないような時点で行った善い行いというものの影響力によって、生と死との中間の段階で天上世界の様相というものが現れてきた。そこで次のように考えた。自分は一生涯の間つねに悪い行ないをしてきていまだかつて善い行いというものを実践したことがない。地獄に落ちて行って...

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「正法眼蔵」は仏道を勉強する上において「なぜ坐禅をやらなければならないか」という事を事細かに疑問の余地のない形で詳細を述べておられる。だから「正法眼蔵」を読んで仏道の理論的な側面を勉強しながら自分自身で坐禅をやるならば、仏道修行においては欠けているところはない。―愚道和夫老師―

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
70代女性。自営業。自宅で毎日朝晩坐禅をしています。愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで紹介しています。老師より平成13年「授戒」平成20年「嗣書」    

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