カテゴリ:84・出家のエントリー一覧
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正法眼蔵 出家 9
釈尊が言われた。正しい信仰を持っている諸々の人々よ。自分は多くの人々が家庭や社会という限られた世界における教えを喜び修養がまだ十分ではなく人間としての汚れが積み重なっているのを見て、その様な人々のために自分は若くして家庭生活を離れ、最高で均衡のとれた真実を把握したと説いた。自分は若くして家庭生活を離れ最高で均衡のとれた真実を把握した以降すでに久しく遠い年月を経ていることは今述べたとおりである。自分...
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正法眼蔵 出家 8
釈尊の言葉について道元禅師の注釈は続きます。釈尊が我々にお示しになったご命令の基本的な意味とは、この様な説話によって明らかにすることが出来る。釈尊の説かれた教えの根本とは、家庭生活の基準を離れることであり社会生活の基準を離れることである。家庭生活の基準を離れ社会生活の基準を離れ真実を求めるという態度で仏道を勉強するのでなけでば、釈尊の説かれた教えを勉強していることにはならない。釈尊が生きておられた...
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正法眼蔵 出家 7
「大智度論」の第十三に言う。釈尊が祇園精舎に滞在しておられた時、酒に酔ったバラモン(仏教が盛んになる以前に古代インドにおいて盛んだった宗教)の僧が釈尊のところへやって来て仏教僧になりたいと願い出た。 そこで釈尊は僧侶たちに命じて、その酒に酔ったバラモンの頭を剃らせ仏教僧としての象徴である袈裟を身につけさせた。ところがそのバラモンは酒が醒めると、頭が剃られ、袈裟が身につけられ、仏教僧となっている自分の...
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正法眼蔵 出家 6
釈尊の言葉について道元禅師が注釈されます。一般的に言うならば、釈尊の説かれた最高の真実というものは、出家受戒(世間的な価値というものを全部振り捨てて戒律を受ける)の日に、一切の最高の真実というものが具わるのである。出家受戒の時でなければ、釈尊の説かれた真実というものは十分に我が身につくことはないのである。この様に考えてくると、出家(社会的な価値を全部振り捨てる)の日を取り上げて最高の真実を達成する日と...
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正法眼蔵 出家 5
大涅槃経の第三に言う。釈尊が言われた。もし行いを通して仏道修行をしていく人々が仮にこの様な事を考えたとしよう。自分はいつになったら国の中における地位や俗世間の価値を全て振り捨て、その日に最高にして均衡のとれた心理を把握し、その日において優れた説法を行い、無限無数の生き物に対して塵を遠ざけ垢を離れさせ、清浄な教えを見る眼を具えさせ、無限無数の生き物に対して様々の煩わしいものや様々の障害を消尽させ、心...