fc2ブログ
トップページ | 全エントリー一覧 | RSS購読

カテゴリ:82・王索仙陀婆のエントリー一覧

  • 正法眼蔵 王索仙陀婆 11

    明覚重顕禅師の説話を引用した道元禅師の注釈は続きます。この様な境地で24時間を自由自在に使いこなすという状態がまさしく王索仙陀婆(我々がどういう現実に生きているかという事を勉強している状態)であり、また24時間に追いまくられる状態も王索仙陀婆である。握り拳に象徴されるところの仏道修行者の行いが何かという事を求めるべきであるし、自分自身で仏道修行者の行いとは何かという事を示すべきである。現在大宋国の沢山の...

  • 正法眼蔵 王索仙陀婆 10

    ある日釈尊が正式の説法の座に上がった。ところが文殊菩薩が槌で木台を叩いて聴衆の注意を喚起した上で次のように言われた。釈尊の説かれた教えを十分に観察してみるに、釈尊の説かれた教えは現に眼の前にある実情そのものである。文殊菩薩が説法してしまったので、釈尊はそのまま説法の座を下りられたという説話が伝わっている。この説話に対して雪竇山の明覚重顕禅師が言われるには、仏道修行の道場においては優れた力量を持って...

  • 正法眼蔵 王索仙陀婆 9

    香厳智閑禅師と僧侶の問答について道元禅師の注釈は続きます。仏教の勉強をした場合に、釈尊の教えを説きその他の諸先輩の教えを説く頭脳やものの見方というものが自然に内容の複雑な現実を求めたりそれを奉ったりする実情そのものであり、その内容は細かく分かれていて調べれば調べるほど奥深いものである。様々の仏教の儀式に使われる拈拄杖、挙払子の実体というものは誰でも承知しているという事が出来るであろう。しかしながら...

  • 正法眼蔵 王索仙陀婆 8

    「王索仙陀婆」に関する説話は続きます。香厳智閑禅師に対してある時僧侶が質問した。一体どのようなことが王索仙陀婆という事態でしょうか。   香厳智閑禅師言う。お前は頭の中で王索仙陀婆とは一体何かと考えているけれども、そういう頭の中で考える境地を速く通りすぎてしまえ。僧侶は香厳智閑禅師に「ここを通り過ぎろ」と言われたと思いその場を立ち去った。そこで香厳智閑禅師言う。余りにも馬鹿げた対処の仕方なので、自...

  • 正法眼蔵 王索仙陀婆 7

    「王索仙陀婆」に関する説話は続きます。南泉普願禅師がきれいな水を入れている瓶を指して五台隠峰禅師に言った。きれいな水を入れた瓶があるけれども、このきれいな水を入れた瓶は、我々を取り巻いている環境に譬えることが出来きる。その環境に該当する瓶を動かすことなしに自分のために水を持ってきてくれ。五台隠峰禅師は、その瓶の水を南泉普願禅師の前でぶちまけてしまった。南泉普願禅師は、五台隠峰禅師の行いに対して批評...

フリーエリア

「正法眼蔵」は仏道を勉強する上において「なぜ坐禅をやらなければならないか」という事を事細かに疑問の余地のない形で詳細を述べておられる。だから「正法眼蔵」を読んで仏道の理論的な側面を勉強しながら自分自身で坐禅をやるならば、仏道修行においては欠けているところはない。―愚道和夫老師―

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
70代女性。自営業。自宅で毎日朝晩坐禅をしています。愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで紹介しています。老師より平成13年「授戒」平成20年「嗣書」    

最近の記事

リンク

最近のコメント

カテゴリ

アクセスカウンタ-