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カテゴリ:78・虚空のエントリー一覧

  • 正法眼蔵 虚空 12

    摩訶迦葉尊者から数えて第七代目の教団指導者である婆須密多尊者が言われた。心とは何かと掘り下げてみると、虚空(空間)全体が心と同じものだというとらえ方もできる。具体的に言うならば虚空というものを坐禅をして体全体で味わっている時に、妥当というものもなければ妥当でないというものもない。婆須密多尊者の言葉について道元禅師が注釈されます。現に壁が坐禅をしている人と向かい合い、坐禅をしている人が壁と向かい合っ...

  • 正法眼蔵 虚空 11

    馬祖道一禅師と西山亮坐主の問答について道元禅師が注釈されます。この馬祖道一禅師と西山亮坐主の問答から次のようなことが知れる。仏道修行をして真実を得られた過去の祖師方は、いずれも仏教経典の意味がどういうものであるかという事を説いて来られた方々である。仏教経典を講義するに当たっては、単に文字の意味がどうこうという事ではなしに、空間とは何かという問題を取り上げて経典の意味を解明していくのでなければ、たっ...

  • 正法眼蔵 虚空 10

    洪州西山地方の亮と呼ばれる坐主(寺院における僧侶の最上席の人)がある時、馬祖道一禅師に従って教えを受けた。馬祖道一禅師が問う。お前は何の経典を講義をしているのか。西山亮坐主言う。私は般若心経を講義しています。馬祖道一禅師問う。お前はいったい何を使って般若心経を講義をしているのか。西山亮坐主言う。心を使って講義をしています。馬祖道一禅師言う。心の働きをというものは心と意と六識に分かれる。心というものは...

  • 正法眼蔵 虚空 9

    「体全体が口のような姿をして空間にぶら下がっている」と、自分(道元)の亡くなった師匠である天童如浄禅師が言われた。天童如浄禅師の言葉について道元禅師が注釈されます。そこではっきりと知ることが出来る。空間というものは、その体全体が空間の中にあるという事を。そのことは空間というものは現に我々の眼の前に存在して、しかもその限界というものがどこまでも続き、どこに限界があるのかという事がはっきりしないほど大き...

  • 正法眼蔵 虚空 8

     石鞏慧蔵禅師と西堂智蔵禅師の問答について道元禅師の注釈は続きます。石鞏慧蔵禅師と西堂智蔵禅師の問答を観察してみると、石鞏慧蔵禅師は虚空(空間)をつかまえた様子が読み取れるけれども、西堂智蔵禅師には、空間というものをこっそりのぞき見るという事もなかったものと見受けられる。そこで自分(道元)が石鞏慧蔵禅師に次のように言ってみたい。西堂智蔵禅師の鼻をつかんで引っ張るという事が、空間を捉えた事になるならば...

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「正法眼蔵」は仏道を勉強する上において「なぜ坐禅をやらなければならないか」という事を事細かに疑問の余地のない形で詳細を述べておられる。だから「正法眼蔵」を読んで仏道の理論的な側面を勉強しながら自分自身で坐禅をやるならば、仏道修行においては欠けているところはない。―愚道和夫老師―

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
70代女性。自営業。自宅で毎日朝晩坐禅をしています。愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで紹介しています。老師より平成13年「授戒」平成20年「嗣書」    

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