fc2ブログ
トップページ | 全エントリー一覧 | RSS購読

カテゴリ:77・大修行のエントリー一覧

  • 正法眼蔵 大修行 24

    「百丈野狐」の説話について道元禅師の注釈は続きます。しかしながら「百丈野狐」の説話において百丈禅師が言われた、「もっと近くに来い、お前に教えてやろう」という言葉には、人間は誰でも具体的な眼の前の仕事をやるべきだという事を言われようとした趣がある。そこで黄檗禅師が百丈禅師から「前に来い」と言われて前に進んでいったことは、黄檗禅師としては、前後を意識することなく前に進んでいったのであって、黄檗禅師にと...

  • 正法眼蔵 大修行 23

    「百丈野狐」の説話について道元禅師の注釈は続きます。人生というものは長い期間にわたって間違った返事や間違った事をしなかったという状態の中で、ある境涯に落ちたりある境涯から抜け出したりという事があるに過ぎない。長い期間にわたって、人々のために相手の境涯を転換させるような言葉を述べるという事も行われて、しかもそのような言葉を述べることがあくまでも原因・結果の関係に縛られているような事態である。人生とは...

  • 正法眼蔵 大修行 22

    「百丈野狐」の説話について道元禅師の注釈は続きます。この「百丈野狐」の説話に関連して言うならば、過去における百丈山の住職であった野狐の境涯に落ちた老人も答えが間違ったというふうには言っていないし、中国において現実に生きておられた百丈禅師も答えが間違っているとは言っていないという点を学ぶべきである。しかしながら、百丈禅師は過去において五百にも及ぶような野狐の境涯にもたとえる事の出来るような無数の体験...

  • 正法眼蔵 大修行 21

    「百丈野狐」の説話について道元禅師の注釈は続きます。黄檗禅師が「百丈野狐」の説話を聞き終わると百丈禅師に早速質問して言うには、野狐の境涯に落ちた人は、学生の質問に対して間違った答えをしたため五百の生涯にわたって野狐の境涯に落ちたけれども、仮にこの人が間違った返事をしなかった場合には一体どういう事になったでありましょうか。この黄檗禅師の質問はまさに仏道の真実を得た方々の言葉というものが具体的な姿を現...

  • 正法眼蔵 大修行 20

    「百丈野狐」の説話について道元禅師の注釈は続きます。この百丈禅師の説話に関連して枯木法成禅師が言われるには、百丈禅師はかつて直接に野狐の境涯に落ちた老人に出会いその野狐の老人から「どうか教えをいただきたい」と乞われた。百丈禅師の気持ちを推しはかるならば、仏道の世界の中に野狐が老人として現れたとか、老人が野狐の境地に落ちたという不可思議の事態というものは考えられないところから、その野狐から「どうかお...

フリーエリア

「正法眼蔵」は仏道を勉強する上において「なぜ坐禅をやらなければならないか」という事を事細かに疑問の余地のない形で詳細を述べておられる。だから「正法眼蔵」を読んで仏道の理論的な側面を勉強しながら自分自身で坐禅をやるならば、仏道修行においては欠けているところはない。―愚道和夫老師―

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
70代女性。自営業。自宅で毎日朝晩坐禅をしています。愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで紹介しています。老師より平成13年「授戒」平成20年「嗣書」    

最近の記事

リンク

最近のコメント

カテゴリ

アクセスカウンタ-