カテゴリ:68・祖師西来意のエントリー一覧
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正法眼蔵 祖師西来意 11
香厳智閑禅師僧侶との説話に関連して雪竇重顕禅師が言われた。口で木の枝にぶら下がっているという緊迫した状態のもとで「祖師西来ノ意とは何か」と聞かれたら、崖の下に落ちようと落ちまいと、口を開いて答えればいいだけのことであるからかえってやさしい。ごく普通の生活をしている状態のもとで「祖師西来ノ意とは何か」と言う質問を考えそれに答えることは甚だ難しいことである。自分はその易しい方をとって、木の上に上って口...
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正法眼蔵 祖師西来意 10
香厳智閑禅師と僧侶との説話について道元禅師の注釈は続きます。もしその質問者に対して返事をしたときには、その答えをすることによって従来の口と違うもう一つの口が具わって、その口を開くという事を意味する。そのことは日常生活において使っている口とは別に真実を述べる口というものが開かれるという事を意味する。その質問者に答えない場合には、その質問者の質問には添わないわけであるけれども、自分自身としてはそれなり...
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正法眼蔵 祖師西来意 9
香厳智閑禅師と僧侶との説話について道元禅師の注釈は続きます。ここで厳智閑禅師の言われた趣旨を自分(道元)が推察して述べてみるならば、香厳智閑禅師の心は質問者に対して答えるという事について少しの躊躇もなかった。体が失われる、命が失われるという事は百も承知で質問者に答えた事であろう。ここで承知しておかなければならない大事な点は、その質問者に答えていない時点では、我が身を守り命を守るというだけのことである...
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正法眼蔵 祖師西来意 8
香厳智閑禅師と僧侶との説話について道元禅師の注釈は続きます。この「もし口を開いて質問したその人に答えたならば」とは、「もし口を開かないでその人に答えたならば」という事も想定しているように聞こえる。しかし口を開かなくても答えることが出来るというのんきな理解の仕方であるならば、本当の意味の仏道修行はできていない。口を開くとか、口を開かないとかという理解の仕方があるけれども、その事態が口で木の枝をくわえ...
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正法眼蔵 祖師西来意 7
香厳智閑禅師と僧侶との説話について道元禅師の注釈は続きます。木の下に人がいて質問したと説かれているけれども、別に人がいなくても、木そのものが問いかけるという事があり得てもおかしくないし、人と木とが一つのものであろうという事もできる。木そのものの中に人がいて、別に人がいなくても緊急の事態というものについて質問をすることは考えられるし、木と言ってみても、人間と言ってみても、同じ宇宙の中の存在であるから...