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カテゴリ:67・春秋のエントリー一覧

  • 正法眼蔵 春秋 18

    仏燈守珣禅師の言葉について道元禅師の注釈のは続きます。せっかく優れた長年の仏道修行をした方々のそばで修業をしておりながら、寒さ暑さとは何かということを聞いてきたのかどうか。その状態というものは大変哀れな話である。この様な実情を見るにつけ、釈尊の説かれた教えや達磨大師の説かれた教えが廃れてしまっていることは大変悲しいことである。我々としては具体的に寒さとは何か、暑さとは何かという事の外見なり様子なり...

  • 正法眼蔵 春秋 17

    浙江省の何山におられた仏燈守珣禅師が言われた。「寒さ暑さのないところに去れ」と言われたのは洞山良价禅師の言葉であるが、この言葉のために多少坐禅をした人々でも一体その「無寒暑」の場所が何処なのか迷ってしまう。自分の考え方をいうならば、寒い時には火に向かい、暑い時には何か涼しい手段を講ずることにより、一生の間、寒さ暑さから逃れることが出来る。仏燈守珣禅師の言葉について道元禅師が注釈されます。この守珣禅...

  • 正法眼蔵 春秋 16

    江西省の泐潭池の畔におられた湛堂文準禅師が言われた。「寒い時には自分自身に向かって、寒さに凍えて死んでも構わないという態度をとる、暑い時には自分自身に向かって暑さにうだって死んでも構わないという態度をとる」と洞山良价禅師が言われてる。そういう寒さ暑さに対して積極的に立ち向かう態度はなぜ寒いのか、なぜ暑いのかという事は一向に問題にしない。寒い時は寒い時、暑い時は暑い時、それぞれに対処していけばいいと...

  • 正法眼蔵 春秋 15

    仏性法泰禅師が言われた。洞山良价禅師の「寒さ暑さのないところに去れ」という言葉によって、寒さ暑さのない場所がどういうところでどういう意味を持っているのかという事がやっとわかりました。枯れ木にも等しいような自分のようなものにも、もう一度花を咲かせたような気が致します。寒い時にどう対処するか、暑い時にどう対処するか、場面場面に応じて融通無碍の対処ができない人間というものは、いつの場面においても冷え切っ...

  • 正法眼蔵 春秋 14

    河南省の天寧寺におられた長霊守卓禅師が言われた。個々の具体的な個別問題(寒さ暑さ)の中にもおのずから共通の原則がある。原則があるという立場で問題を考えてくると、やはり具体的な個別問題が必ず出てくる。自分は人間の世界に落ちぶれて千年、百年という風にも感じられる長い歳月を経過してしまった。本来の自分の境地に戻ろうと努力はしているがいまだに帰りえていない。家の前は相変わらず草ぼうぼうである。長霊守卓禅師...

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ご訪問ありがとうございます。 「正法眼蔵」は仏道を勉強する上において「なぜ坐禅をやらなければならないか」という事を事細かに疑問の余地のない形で詳細を述べておられる。だから「正法眼蔵」を読んで仏道の理論的な側面を勉強しながら自分自身で坐禅をやるならば、仏道修行においては欠けているところはない。―愚道和夫老師―

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
70代女性。自営業。自宅で毎日朝晩坐禅をしています。愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで紹介しています。老師より平成13年「授戒」平成20年「嗣書」    

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