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カテゴリ:66・龍吟のエントリー一覧

  • 正法眼蔵 龍吟 10

    師匠と弟子の問答について道元禅師の注釈はまだ続きます。香厳智閑禅師、石霜慶諸禅師、曹山本寂禅師という方々が「龍吟」について論じてこられたけれども、そのような「龍吟」に関する論議というものが、雲となり水となって我々の周囲を包み導いてくれる。仏道修行をしている際、真実とは何か、釈尊の持っておられた見方とは何か、しゃれこうべとは何かという事を論議する事もなくて、我々の生きている世界や人生を考えてみるなら...

  • 正法眼蔵 龍吟 9

    師匠と弟子の問答について道元禅師の注釈は続きます。龍吟を聞かないというその言葉はとりあえず横に置くとしても、我々の今立っている大地というものがまだ存在しなかった時点において、「龍吟」と呼ばれる声、音にはならない自然の響きというものがいったいどこにあったかという質問をして、それに早速答えてほしいという意味で「速やかに、速やかに」とせき立ててみたい。そして「龍吟とはいったいどういう内容の言葉でしょうか...

  • 正法眼蔵 龍吟 8

    師匠と弟子の問答について道元禅師の注釈は続きます。そしてまた曹山本寂禅師が「釈尊以来代々の祖師方によって伝えられてきた教えが、今日我々の時代にも断絶しないで伝わってきた」という表現をとられたけれども、その真意は口で何かを表現することが決して嫌なわけではないという意味をもっているし、言葉の述べられている瞬間に我々が体を転進させて行動をし場面を変えていくという内容も持っている。また「無限に乾いておる常...

  • 正法眼蔵 龍吟 7

    香厳智閑禅師、石霜慶諸禅師、曹山本寂禅師と僧侶の問答について道元禅師が注釈されます。今ここで言葉を様々に使って述べようとして見ても、ここでその論議を聞いたり述べたりする人の立場と、声にはならない何らかの響きを発するものの立場とは決して同じではない。しかし、それら一切のものの基本的な調子というものは、龍吟(音にはならない何らかの響き)である。枯れた木の茂っている木やしゃれこうべというものが取り上げら...

  • 正法眼蔵 龍吟 6

    香厳寺の智閑禅師にあるとき僧侶が質問した。僧問う釈尊の説かれた真実というものは一体どういうものでしょうか。  智閑禅師いう枯れ果てた林の中で音にはならない何らかの響きが聞こえてくることだ。それが真実だ。僧問ういや、そういう表現ではさっぱりわかりません。智閑禅師言う人間の頭蓋骨の中にも、釈尊の持っておられたと同じ様なものの見方が具わっている。その後、ある僧侶が石霜禅師に質問した。僧問う枯れ果てた林の...

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ご訪問ありがとうございます。 「正法眼蔵」は仏道を勉強する上において「なぜ坐禅をやらなければならないか」という事を事細かに疑問の余地のない形で詳細を述べておられる。だから「正法眼蔵」を読んで仏道の理論的な側面を勉強しながら自分自身で坐禅をやるならば、仏道修行においては欠けているところはない。―愚道和夫老師―

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
70代女性。自営業。自宅で毎日朝晩坐禅をしています。愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで紹介しています。老師より平成13年「授戒」平成20年「嗣書」    

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