fc2ブログ
トップページ | 全エントリー一覧 | RSS購読

カテゴリ:3・現成公案のエントリー一覧

  • 正法眼蔵 現成公案 21

    宝徹禅師と弟子の問答について道元禅師が注釈されます。釈尊の説かれた宇宙秩序の実際の例とはこの通りであり、正しく伝承されたところの生き生きとした行動の世界はこの様である。空気にはどこにでも存在する性質があるのであるから、扇を使うのは不合理だとか扇を使わない場合でも風を感ずるべきとかいうのは、どこにでも存在するという事について理解せず空気の性質についても理解していないのである。つまり、この現実の世界が...

  • 正法眼蔵 現成公案 20

    ある時、麻谷山の宝徹禅師が扇を使っていた。そこへ僧侶がやってきて質問した。僧問う空気はどこにでも存在し空気の存在しない場所はないというのが空気の性質とされています。和尚はわざわざ扇を使わなくても、空気はどこにでもあるのですから、その空気に当たれば涼しいはずなのに、扇を使うことは理屈に合わないと思います。どのような理由から扇を使われるのですか。宝徹禅師言うお前はただ、空気がどこにでも存在する性質だと...

  • 正法眼蔵 現成公案 19

    道元禅師の説示は続きます。実際に現在何をやるかが我々の住んでいる世界の実体であるけれども、こういう行動を通して現実の場面というものが生まれ、また何をやらなければならないかが明々白々として我々に知られるのである。 それでは、我々の行動の中ではっきり意識して一切のものがわかるかというとそうはいかない。自分で意識してはっきりよくわからないのはどうしてかといえば、行動の世界においては我々自身が法というもの...

  • 正法眼蔵 現成公案 18

    道元禅師の説示は続きます。この行動の世界、この行動の場所というものは抽象的に、それは偉大だとか、それはちっぽけだとか、言葉で表現できる様な世界ではなくて、もっと現実的なもっと直接の場面である。自分自身だとか、自分以外なものだとか、主観だとか、客観だとかと言う風な論議だけで割り切れたというふうに思っているわけにはいかない。この世界あるいは我々自身と言うものが過去から恒常的に存在しているというものでも...

  • 正法眼蔵 現成公案 17

    道元禅師の説示は続きます。また立場を変えて考えてみれば、鳥そのものが命、魚そのものが命だという見方もできる。そして命とは何かといえば、鳥そのもの魚そのものだという捉え方もある。この他にもさらに進んだ見方があるであろう。鳥が空を飛び、魚が水の中を泳ぐと同様に、人間が日常生活において実際に行動し、実際に体験するという場面というものがある。我々のいま問題にしている年齢や生命についても、今述べた様な様々な...

フリーエリア

「正法眼蔵」は仏道を勉強する上において「なぜ坐禅をやらなければならないか」という事を事細かに疑問の余地のない形で詳細を述べておられる。だから「正法眼蔵」を読んで仏道の理論的な側面を勉強しながら自分自身で坐禅をやるならば、仏道修行においては欠けているところはない。―愚道和夫老師―

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
70代女性。自営業。自宅で毎日朝晩坐禅をして、愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」を毎日ブログで紹介しています。愚道和夫老師より平成13年「授戒」平成20年「嗣書」    

最近の記事

最近のコメント

カテゴリ

FC2カウンタ-