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カテゴリ:6・即心是仏のエントリー一覧

  • 正法眼蔵 即心是仏 16

    慧忠禅師の言葉について道元禅師の注釈は続きます。無限の時間、すなわち永遠において真実を知りたいという気持を起こし、それを実践する人も即心是仏(今日ただいまの心こそ真実である)に他ならない。また現在の一瞬における心の中で、真実を得たいという気持を起こしてそれを実践する人も即心是仏に他ならない。また握り拳の半分ぐらいの大きさの狭い世界の中で、真実を得たいと言う気持ちを起こし実践する人もまさに「即心是仏」...

  • 正法眼蔵 即心是仏 15

    慧忠禅師の言葉について道元禅師の注釈は続きます。椅子(住職の坐る椅子)、払子(住職が儀式のときに使う道具)によって表現されるところの心と言うものは何かと言えば、椅子そのものであり払子そのものである。それが竹で出来ているとか木で出来ているとか分析的な見方は必要がない。この様に我々の仏道修行はただただ現実に触れ現実そのものを捉えるという事だから、即心是仏(今日ただいまの心こそ真実である)と言う教えは、純粋に...

  • 正法眼蔵 即心是仏 14

    慧忠禅師の言葉について道元禅師の注釈は続きます。過去における高僧も言われた。素晴らしい汚れのない明晰な心とは何かと言えば、山であり川であり、大地であり、太陽であり、月であり、星である。我々を取り巻いている客観世界そのものが素晴らしい汚れのない明晰な心である。はっきり知る事が出来る。心とは何かと言えば山であり、川であり、大地であり、太陽であり、月であり、星である。しかしながら、ここで述べられている事...

  • 正法眼蔵 即心是仏 13

    慧忠禅師の言葉について道元禅師の注釈は続きます。以上に述べた様な探求の仕方、これこそはまさしく即心是仏(今日の心こそ真実である)と言う思想の実態であり、この様な教えを取り上げて、同じくその瞬間における心が真実そのものと一体になっている人に正しく伝承するのである。この様に師匠から弟子へ、師匠から弟子へと代々真実と言うものが伝えられて今日に到達した。ではその正しく伝承されてきた心とは一体何であるかと言う...

  • 正法眼蔵 即心是仏 12

    慧忠禅師の言葉について道元禅師の注釈は続きます。我々の住む世界は物質的な制約があるために完全な世界ではないけれども、その物質的な制約は制約なりに、それを活用して我々の日常生活はあるわけだから、我々の住む世界はとてつもなく素晴らしい意味の深い世界と言える。だからそれから抜け出す事を考える必要もない。それは精神的な抽象的なものだけではない。心とは何かと言うと日常生活で誰でも眼に触れるところの具体的な事...

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「正法眼蔵」は仏道を勉強する上において「なぜ坐禅をやらなければならないか」という事を事細かに疑問の余地のない形で詳細を述べておられる。だから「正法眼蔵」を読んで仏道の理論的な側面を勉強しながら自分自身で坐禅をやるならば、仏道修行においては欠けているところはない。―愚道和夫老師―

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
70代女性。自営業。自宅で毎日朝晩坐禅をして、愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」を毎日ブログで紹介しています。愚道和夫老師より平成13年「授戒」平成20年「嗣書」    

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