fc2ブログ
トップページ | 全エントリー一覧 | RSS購読

カテゴリ:4・一顆明珠のエントリー一覧

  • 正法眼蔵 一顆明珠 12

    玄沙師備禅師と弟子との問答について道元禅師の注釈は続きます。本来の状態が何であるかがよくわかっていると言う事は、初めも終わりも正しい状態である。その場合こそ「輝かしい珠」がその姿そのものを語っている。そういう状態の眼目とは何かと言えば、この玄沙師備禅師が言われた「輝かしい珠」と言う事に尽きる。しかしながら、自分自身も自分自身を取り巻いている客観的な世界というものも、一体この玄沙師備禅師の言われた「...

  • 正法眼蔵 一顆明珠 11

    玄沙師備禅師と弟子との問答について道元禅師の注釈は続きます。我々は日常生活において様々の事を考え、様々の事に疑いを持ち、「あれがいい」とか「これが悪い」とかと言い、自分自身の狭い考え方で駄目だとかいいとかというふうに考えているに過ぎない。そしてまた、たまたまそういう狭い量見でこの宇宙とはどういうものかというふうに考えてみたに過ぎない。我々がどう考え様とこの宇宙は素晴らしい存在であり、我々自身もまた...

  • 正法眼蔵 一顆明珠 10

    玄沙師備禅師と弟子との問答について道元禅師の注釈は続きます。我々は仏道の究極を早く得たいと思い「まだ得られない、まだ得られない」と考えているけれども、我々の人生そのものが仏道の究極と一体のものであり、すでに恁麼(言い難き何ものか)が我々に具わっている。このすでに言い難き何ものかが具わっているということは別の言葉でいえば、この宇宙と言うものが実に素晴らしい珠のような価値のある世界だという事が、しみじ...

  • 正法眼蔵 一顆明珠 9

    「玄沙師備禅師と弟子との問答について道元禅師の注釈は続きます。この宇宙は客観的な世界だけではなく、この中に日々活動して真実を求め、真実を究めている様々な人間がいて、それらを含んだところの宇宙である。この様な状態においては素晴らしい珠と言うものが、ある場合には、空間にある、ある場合には人の衣の中にある、ある場合には顎の下にある、ある場合には髪を結んだ中にある。様々の場所に様々の形で、一粒の輝かしい珠...

  • 正法眼蔵 一顆明珠 8

    玄沙師備禅師と弟子との問答について道元禅師の注釈は続きます。 この宇宙とは何かと考えるならば玄沙師備禅師が言われた様に「全宇宙は一粒の珠である」と言うしか言いようがないところのものである。ここで玄沙師備禅師は「一粒」とだけ言われて、二粒、三粒と言うふうに個別にこの宇宙を分けて表現してはおられない。宇宙全体がたった一つの正しい宇宙の秩序を具えた眼と言う風に表現することもできる。宇宙全体が本当の意味で...

フリーエリア

「正法眼蔵」は仏道を勉強する上において「なぜ坐禅をやらなければならないか」という事を事細かに疑問の余地のない形で詳細を述べておられる。だから「正法眼蔵」を読んで仏道の理論的な側面を勉強しながら自分自身で坐禅をやるならば、仏道修行においては欠けているところはない。―愚道和夫老師―

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
70代女性。自営業。自宅で毎日朝晩坐禅をして、愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」を毎日ブログで紹介しています。愚道和夫老師より平成13年「授戒」平成20年「嗣書」    

最近の記事

最近のコメント

カテゴリ

FC2カウンタ-