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正法眼蔵 佗心通 7

大証国師と大耳三蔵の問答に関連してさらに道元禅師の注釈は続きます。

第二番目には、大証国師の身心というもを承知している過去の祖師方がいないという事である。ここで実践を通して仏道を勉強している大証国師の身心というものを考えてみるならば、大耳三蔵の様な仏教経典を単に文字を追いかけて理論的に勉強している師匠が容易に見抜くことのできる境地ではない。

社会生活を通じて仏道修行をしている十聖、三賢と呼ばれる様な菩薩の方々も、坐禅を中心にして仏道を勉強された大証国師の身心というものを実際に体験することは難しかったし、補処、等覚と呼ばれるような高い境地に到達した菩提薩埵と言えども、大証国師の身心というものは中々わからないという事が言える。

まして、単に仏教経典だけを勉強していた大耳三蔵の様な学者は、仏というよりは一般の人々と同じ境地であるのであって、どうして大証国師が持っておられた体全体を知るということがあり得たであろう。この基礎理論というものをはっきりと承知しておく必要がある。大証国師の持っておられた身心は、仏教経典を勉強さえするならば解かり見えるはずだと主張するならば、それは釈尊の説かれた教えを誹謗することになる。

大証国師の持っておられた境地というものは、経典を中心とした師匠や論議を中心にした師匠と同じ境地だと考えるならば、その捉え方というものは狂気顚倒の甚だしいものである。したがって、仏道修行の結果、他人の気持ちを読み取ることが出来る様な能力をたとえ得たからと言って、それらの人々が大証国師が仏道修行の結果得られた境地を知ることが出来ると言うふうに勉強すべきではない。



               ―西嶋先生の話―

我々がなぜ坐禅をやっているかと考えてみますと、一つは一度失った目をもう一回取り戻すと言う事です。我々は長年の習慣で片目をつぶしている場合が多い。片目をつぶしている場合とはどういう事かと言うと、一つには何もないところに「何かがある何かがある」と思い込む癖がある。 

お化けがいるとか、神様がいるとか、いろいろな考え方がある。この世の中にありもしないものを「何かありそうだ、何かありそうだ」と言う色々な教え方がある。

それからもう一つの片目の状態は、「あるものをない」と思い込んでしまう。たとえば、社会の恩、国の恩とかそう言うものがある。「そんなものはありはしない、そんなものは勝手に人がつくったものだ」と言う考え方もある。ないものをハッキリ「ない」、あるものをハッキリ「ある」と見る事が出来るという事はわりあい大変な事。

そういう眼をもう一度取り戻すと言うのが坐禅をやる事の意味にもなろうかと思います。人間として生きたいと言う気持ちがあるならば目玉を二つ具える事は非常に大切。それは、この世の中で「ありもしないものをある」と思い込んで一生を送るとか「あるものをない」と思い込んで一生を送るとかと言う事を避けると言う事。

これは簡単なような事であるけれども大切な事。その事が出来るか、出来ないか、そういう両方の目を持って、一生を生きたいと言う願いを持った人が仏道修行(坐禅)をやる。


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正法眼蔵 佗心通 6

大証国師と大耳三蔵の問答に関連して道元禅師の注釈は続きます。

大証国師が大耳三蔵を叱ったのは、初めから釈尊の説かれた教えを夢にさえ見たことがないところがあることを叱りつけたのである。最初の二回は大証国師のいる場所がわかっていたけれども、三回目にわからなかったから叱ったのではない。他人の心を見抜く力量を得たと自称しながら他人の心がわからなかったことを大証国師は叱ったのである。

大証国師はまず最初に、釈尊の説かれた教えの中で他人の心を読み取るようなものがあるかどうかと質問され試されたのである。大耳三蔵は「ご想像にお任せします」と言ったが、その言葉を述べた以上「自分は他人の心を読みとる能力があります」と返事をしたと読み取れる。

その後で大証国師が考えるには、仮に釈尊の説かれた教えの中に他人の心を読み取る能力というものがあったとしても、他人の心を読み取る能力というものを釈尊の説かれた教えの中で捉えてみるならば、上記のような問答ともなるであろう。ところが一般の考え方としては、言葉で述べた内容になるほどと思われるところがなければ、釈尊の説かれた教えとは別だと考えている。

しかしながら、大耳三蔵が仮に三番目に何らかの言葉を述べたとしても、前の二回と同じような内容のない言葉を述べるならば、仏道における真実を述べたと言う事が出来ない。

総じて、その三回にわたって仮に何らかの返事をしたとしてもすべてを叱りつけるべきである。大証国師が三回にわたって大耳三蔵に質問されたという事は、仮にも大耳三蔵が大証国師がいったいどういう事を聞かれているかがわかる可能性があるかどうかという事を試されるために、同じような質問を三回もされたのである。



              ―西嶋先生の話―
    --つづき

「苦・集・滅・道」という四段階の考え方の三番目の滅諦の立場で問題を考えていきますと、「法」とは我々の日常生活の中にはっきり事実として存在するという事があるわけです。我々が日生活をやっていく場合にこれはやってはいけないとか、これはやらなければいけないとかという事を直観的に感ずるという問題があるわけです。

自律神経がバランスしている場合には、我々がそういう直観の問題に関連して比較的正しい判断が出来るという問題があるわけですが、我々が日常生活をやっていく上においては、絶えず瞬間瞬間にやらなければならない事が出てくるしやってはならない事も出てくるという事が事実です。

こういう我々の行いを規制する枠、やるべきだという枠と、やってはならないという枠、こういうものは我々の生活の中に具体的にある事実でありまして、これもまた釈尊の教えの中では「法」と呼ばれるわけです。ですからそういう点で、「法」とは我々の生活の中に事実として存在するという事が言えるわけです。

そういう「法」をどういう形で我々が捉えることが出来るかと言うと、釈尊は「法」の中に自分の体を入れるという事を教えられたわけです。それが最終の段階の道諦の立場で説かれている坐禅という修行法の意味になるわけです。

坐禅という修行法を通じて、我々は自分の体を自分の心を法の中に入れてしまう、そうすると、我々の体なり心なりというものが「法」と一体になって、日常生活で「法」という事実から離れない形で、我々の生活が行われ行動が行われるようになると、こういう事を言われているわけです。

ですから「正法眼蔵」の三昧王三昧の巻で、打坐が「仏法」である、坐禅をすることが「仏法」である、それから「仏法」とは打坐である、「仏法」とは何かというならば坐禅をする事だと言われているのは、今述べた様な考え方から生まれてくるわけでありまして、そうしてみると「法」とは最終的な姿として坐禅そのものだ、それは単に頭の中で考えられたものではないし、我々が手を組み、脚を組み、背骨を伸ばしてジ-ッと坐っている事実そのものだ、それが「法」だと、こういう事にもなろうかと思うわけです。


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正法眼蔵 佗心通 5

大証国師と大耳三蔵の問答に関連して道元禅師の注釈は続きます。

大耳三蔵は遠くインドからはるばるやって来た事は事実であるけれども、この大証国師の質問が分からなかったという事は、釈尊の説かれた教えが何かという事を勉強していなかったところから、このような事情が生まれてきているのである。

無駄に仏道以外の教えを勉強したり、仏道を理論だけで勉強したり、環境だけを頼りにして勉強するというやり方を追いかけていたところから、このような境地にとどまらざるを得なかったのである。

そこで大証国師は再度質問した。
拙僧は今どこにいるか述べてみよ。

大耳三蔵はさらにまったく意味のない言葉を申し上げた。


大証国師重ねて質問した。
では聞くが、拙僧は今どこにおるかお前はいえるならば述べてみよ。
この時、大耳三蔵はしばらく黙っていたけれども、何を答えていいのかさっぱりわからない状態のままであった。

大証国師大耳三蔵を叱って言う。
この野狐の化け物め、他人の心を見抜く能力はいったいどこにあるのか。

この様に叱られたけれども、大耳三蔵は返事をすることが出来ず理解をする方策が見当たらなかた。

しかるに大証国師と大耳三蔵との問答に関連して、過去の祖師方(趙州従諗禅師、玄沙師備禅師、仰山慧寂禅師、海会守端禅師、雪竇重顕禅師)が考えるには、大証国師が大耳三蔵を叱ったのは、最初の2回は大証国師のいる場所を承知していたけれども、3回目の質問だけはいる場所がわからなかったので、大証国師に叱られたと考えている。しかしこれは大きな間違いである。



              ―西嶋先生の話―

我々は仏法とか法とかというものを勉強しているわけですが、この仏法とか法とかと言われるものは、教えとして言葉で表現されるものという理解の仕方が一般に行われているわけです。

もちろん仏法とか法とかと言われるものには、言葉で表現される教えという意味があるわけですが、それと同時に仏法とか法というものが、我々の生活の中に実在する事実だという事も仏道を勉強していく上においてはかなり大切な問題だと思うわけです。

例によりまして苦・集・滅・道という4段階の考え方で問題を考えていきますと、一番最初の苦諦の立場からするならば、法とは釈尊の教えであり、さらに具体的に言うならば、四諦の教えであり、中道であり、十二因縁であり、刹那生滅の道理であり、坐禅の教えという事になります。

ただ第2番目の集諦の立場から問題を考えてみますと、法というものは我々の体の中に内在しているという事があるわけです。正法眼蔵「弁道話」の巻の一番最初のところに、「この法は人人の分上に豊かに具われりと言えども、いまだ修せざるに現れず、証せざるには得ることなし」という言葉があるわけですが、この文章の中で「この法」と言われているのは、我々の体の中に存在する事実を言われているわけです。

今日、近代的生理学の立場でその法とは何かという事を考えてみますと、たびたび出てくる問題ですが、我々の体の中に内在している自律神経のバランスが法だという捉え方も第二番目の段階ではしなければならないわけです。

仏教では「貪・瞋・痴」と言いまして、欲張ること・腹を立てること・愚痴を言う事を三毒として避けろと教えられているわけですが、これらのものもやはり自律神経がバランスを失った時の三つの典型的な例という事になるわけです。

ですから、欲張ってはならない・腹を立てない・愚痴っぽくなってはいけないという教えは、やはり自律神経のバランスを失ってはならないという事を具体的に言われていると言えるわけです。

自律神経がバランスしている状態は、我々の体が健康な状態にあることだと、こういう事もいえるわけです。したがって仏道修行者は自分の体の健康を保つ義務があると、こういう事が言えるわけです。

宗教的な教えというものを単に精神的な面だけで捉えていきますと、人間の体はどうでもいいんだ、健康はどうでもいいんであって精神的な状態が大事だという捉え方も往々にしているわけですが、釈尊の教えはそういうことを言われなかった。

釈尊の教えと我々の体の状態とは密接な関係があって、釈尊の教えを信ずる限り我々は自分たちの体を保っておる義務があると、こういう事でもあるわけです。

                 つづく--

※私の独り言

70代の知人が「医者に通うのが仕事で、年取ると何もいい事がない」と嘆いていました。ある時、西嶋先生が「病院の待合室にいる人はみんな不安そうな顔をしている。本当の病人は集中治療室にいる」と云われたことを思い出しました。


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正法眼蔵 佗心通 4

大証国師と大耳三蔵の問答に関連して道元禅師がご自身のお考えを述べられます。

大証国師が大耳三蔵を試した本来の意図をこの五人の祖師方(趙州従諗禅師、玄沙師備禅師、仰山慧寂禅師、海会守端禅師、雪竇重顕禅師)は承知していなかったと主張する理由は、最初の質問で大証国師が「お前は他人の心が読み取れるそうだけれども、拙僧はたった今どこにいるか答えてみろ」と言われた時の本来の趣旨とは、大耳三蔵が釈尊の教えを十分に理解しているかどうかという事を聞かれたのである。

大耳三蔵が仮にも、釈尊の説かれた教えの中における他人の心が読み取れるという能力を持っているのかどうかということを試しに聞かれたのである。もしこの際に大耳三蔵が釈尊の教えを十分に身につけていたならば、大証国師が質問されたときに、大耳三蔵としては行いの世界における対処の仕方があったであろう。

ここで大証国師が言われた「拙僧は今どにいるか」と言う質問の意味は、「ここに立っている拙僧はいったい何者なのか、お前はわかるか」と言われているのである。そして大証国師が「拙僧が何者なのか、どこにいるのか」と言う質問をしたことの意味は、「いったい今はどういう時点なのか、現時点というものの意味がお前にわかるか」と聞かれているのである。

「今どこに私がいるか」と言う質問の言葉の中には、この我々が現にいる時点というものは、言葉では表現できない何かが存在する場所であると主張しているのである。「この拙僧に対して一体どういう名前で呼ぼうとしておるのか、いったい拙僧がどういう内容のものかお前は言葉で表現することが出来ると思っているのか」という意味も含まれている。

そしてここで「拙僧は今どこにおるか」という質問が説かれているけれども、この拙僧という言葉は必ずしも大証国師だけに限った事ではない。「自分は一体どこにいるか」という質問を仏道の立場で出来る様な方は、必ず実践的な立場で仏道修行をした人々に限られている。



           ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
仏道修行が進んでいった場合に、誰でも佗心通と言う特殊能力を身につけることが出来る様になるんでしょうか。

先生
それでね、佗心通と言うのは特殊な能力ではないんです。人間のごく普通のあり方なんです。曇りがなくなれば映るという事なんです。だから人間の心を仏道の世界では鏡にたとえるわけですけれども、鏡が曇っていない、鏡が歪んでいなければ、ありのままの状態が映るという事なんです。

それが仏道における佗心通の意味という事にもなるわけです。だから佗心通を曇らせている原因は何かというならば、鏡の様にあるべき心というものが何らかのものに影響されて曇っているとか、歪んでいるとかという事が原因だ。そういう曇りが除かれる、歪みが除かれるという事が仏道修行の一つの姿だという意味です。

質問
仏道修行が進めば佗心通が身につくのかという質問がありましたが、そうではなくてむしろ一番簡単なことで赤ん坊が自分を可愛がってくれる人は自分が一番よくわかりますよね。子供の嫌いな人は赤ん坊はわかりますから、その人になつきませんし、そういう意味で実に簡単明瞭な心の状態ではなかろうかって私は思うんですよ。

先生
まさにその通りですよ。そういう曇りのない気持ちでものが見られるようになるかどうかという事が、仏道修行の狙いになるわけです。赤ん坊はもうごく自然にそういう本能を持っているわけですけれども、教育その他の様々の努力を重ねてあんまり物がよく見えない様に努力して作り上げるわけです。だからそれをもう一度洗い落として、本来のものが的確に見えるようにというのが仏道修行だと、そういう事になると思います。


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正法眼蔵 佗心通 3

趙州従諗禅師、玄沙師備禅師、仰山慧寂禅師、海会守端禅師、雪竇重顕禅師の批評を引用された後で、道元禅師がご自身のお考えを述べられます。

この大証国師と大耳三蔵の問答に関連しては、昔からその問答の意味に関連して意見を述べ、ご自分の見解を述べられる沢山の祖師方がおられたけれども、その中で特に優れた方としてここに述べた5人の長年の経験を積んだ仏道修行者がおられる。

しかしながら、この五人の長年の仏道修行を経た尊い方々は、妥当なところをしっかりと掴んだ点では正しい理解の仕方をしているという面がないわけではないが、大証国師の見ておられた捉え方、あるいは大証国師の実際の行いというものを僅かでも覗き見ることが出来ていない場面が多い。

なぜ五人の方々の見解を批評するかと言うならば、昔からこの問答に関連して批評をしておられる人々がいずれも考えておられた所は、最初の二回においては大耳三蔵は間違いなく大証国司のおられた場所を知っていたという風に考えている。この様な捉え方は、過去において仏道修行をされていた先輩方ではあるけれども、大変大きな誤りだと言わざるを得ない。

その様に過去の祖師方の意見が間違っていたという事を、後の時代に仏道を学ぶ我々としては十分承知しておかなければならない。いまここで、この五人の祖師方に関連して、なぜ自分(道元)が疑問を持ったかというならばそれには二種類の疑問がある。

一つの理由は、この五人の方々は大証国師が大耳三蔵を試そうとされた本来の意図というものを十分に承知しておらない。二番目には、大証国師がどういう体を持っておられたか、どういう心を持っておられたかという事をこの五人の祖師方は承知しておられない。
             
         次回は道元禅師のお考えを詳しく述べられます。



              ―西嶋先生の話―

建撕と言う僧侶が書いた「建撕記」(けんぜいき)と言う道元禅師の伝記本があります。

道元禅師は比叡山で修行をしておられたけれども、比叡山の天台哲学に疑問を持った。その疑問を解決するために建仁寺に栄西禅師を訪ねて疑問を解こうとした。

道元禅師はどういう疑問を持っていたかと言うと、天台哲学では我々人間は本来この宇宙と同じ性質を持っている、また我々の体も自然に非常に優れた内容を具えていると言う考え方です。これが比叡山で行われていた天台哲学の中心思想であり仏教の中心思想でもある訳です。

道元禅師はこの教えを聞いたときに疑問を持った。我々人間が本来そういう結構なものであるならば、なぜ修行をする必要があるかと言う疑問だった。そこで、比叡山に沢山の僧侶がおられたから、その一人一人に「我々は本来非常に優れた性質をもっているのに、なぜ修行をしなければならないのでしょうか」と言う質問をして回った。

ところが、比叡山では誰一人としてその疑問に答える事が出来る人がいなかった。比叡山では仏教の学問は盛んであったけれども、文字の上で仏教哲学を理解していると言う事、つまり、日常生活の問題として仏教を考えていなかった。

だから道元禅師の様に仏教を自分の日常生活の行いに関連して説こうとする態度の質問が出て来ると、それには答える事が出来なかったと言う実情があったわけであります。

そこで道元禅師は先輩の僧侶の勧めに従って、当時中国から帰って来られた栄西禅師を京都の建仁寺に訪ねて、栄西禅師に同じ様な質問をされた。その時に栄西禅師は次の様に返事をされた。「過去・現在・未来に仏というものがある」と仏教では仕切りに言っているけれども、儂はそんなものがあると言うのは知らん。

猫が目の前にいる、牛が目の前を歩いているという事は逆に儂には分かる。道元禅師は比叡山では色々と天台哲学を教えられたけれども、よくわからずどうも納得がいかなかった。ところがこの答えを聞いて栄西禅師の考え方なら人生問題の解決に役立つかも知れないと感じて、そのまま建仁寺に留まって坐禅の修行を始られたと伝えられている。

※その後、道元禅師は日本では十分に仏教が勉強できないと中国に渡る。カテゴリ「道元禅師略歴」もどうぞ。


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ご訪問ありがとうございます。 「正法眼蔵」は仏道を勉強する上において「なぜ坐禅をやらなければならないか」という事を事細かに疑問の余地のない形で詳細を述べておられる。だから「正法眼蔵」を読んで仏道の理論的な側面を勉強しながら自分自身で坐禅をやるならば、仏道修行においては欠けているところはない。―愚道和夫老師―

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
70代女性。自営業。自宅で毎日朝晩坐禅をしています。愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで紹介しています。老師より平成13年「授戒」平成20年「嗣書」    

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